挫折から始まる「ただ一人」の物語―映画『カラオケ行こ!』感想―

 映画『カラオケ行こ!』を観てきた。

 中学校合唱部コンクール終了後、参加学校のうちの一校の部長の岡聡実のもとに、ヤクザの成田狂児が「カラオケの上手な歌い方を教えてくれ」と頼みに来るところから物語は始まる。

 ソプラノを担当している岡の中学はコンクールでは銅賞で、この時点で声変りが始まりかけている岡は自身のパフォーマンスに歯がゆい思いを抱えている。話を通して岡の歌声は改善することはなく、「映画をみる部」で映画を観て時間を潰したり、成田とカラオケに行って日々は過ぎていく。すべてが流れて部活動最後の発表会の日を迎え、岡の中学校が歌っている時間、なぜか岡はヤクザに囲まれて「紅」を歌っている。そんな話だ。

 正直なところ、原作『カラオケ行こ!』はコメディものとして読んでおり、続編の『ファミレス行こ。』を読了した時、どのようなものとして読めばいいのかつかみ損ねている自分がいた。二人とも成人(岡は18歳になっている)している『ファミレス行こ。』では岡と成田のキャラクターに重みがのっており、その分どこか宙に浮いているところがあった『カラオケ行こ』の自由さとの整合性が自分の中でとりにくい部分があった。具体的には『ファミレス行こ。』の成田は果たして中学生を課外授業の途中に連れ出すだろうか…?といったような。

 映画『カラオケ行こ!』は自分の中で、その中間をなだらかにするような作品であった。基本的な温度はコミカルなものだが、岡の学校の描写や家庭や部活での様子、そして「映画をみる部」という第3の居場所など、岡の、成田が関わらない人生にぐっと厚みが持たされていた。より「たった一人の、岡聡実の物語」という側面が強調されていたように思う。

 印象的だったのは合唱部での描写が特に多いことだ。原作を読んでいた時は、岡聡実の「ソプラノ担当」という側面を私はあまり重要視しておらず、キャラクターの一性質のように考えていたのだが、映画では岡のその性質と声変りというものが重要な働きをしている。私は男声パートを歌えない人間なので、声変りというものがどういうものなのかを具体的に知ることはないが、練習量に比例せず、体の変化に応じて高い声が出なくなってしまうものなのだというイメージをいくつかの作品を読んで抱いている。

 自分の努力とは無関係に、今まで出来ていたことが出来なくなっていく。これはおおきな「挫折」と言ってもいいだろう。岡聡実が中学生であることを考えると、これは初めての挫折とも考えられる。

 三年間真面目に取り組んできて、部長までやった部活の、重要なコンクールの段階から声変りが始まる。そして最後の合唱祭ではソロパートをもらえるが、声がもつかがわからない。そして顧問によって代理まで用意されてしまう。「映画をみる部」で映画をみていても、指揮者とピアノ奏者がいれば部長がいなくても部活は進んでいく。副部長がそれなりにサポートをこなしてくれている現実。

 合唱は一人ではできないが、その側面はすなわち、一人がいなくなっても何とか成り立つということを表し得る。大きな挫折を目の前にして、自分の代わりがいくらでもいるということ知らしめられる。

 このような状態の中、あの大人数の、いくつもある中学校の中から岡のいる中学を選び、岡ただ一人を指名した成田という存在は、岡にとって大きなものになったのだろう。岡が選ばれたのは岡が部長だったからであるが、少なくとも現在あの中学校の合唱部の部長は岡ただ一人だったのだ。この「ただ一人」となる経験を与えたのが、他でもない成田狂児だったのである。

 成田は岡の与えたものを生真面目に受け取る。岡の合唱部のテキストも読み込み、音叉の話も覚えていて購入する。岡にとっては些細なことを、成田はきちんと受け取っていく。そして成田の与えた「ただ一人になる」という経験を、岡は物語を通して受け取っていく。

 卒業の日、岡は衝突していたソプラノ担当の和田と会話し、部員全員と写真を撮る。岡はみんなの一員であり、ただ一人の部長だったのである。そして和田もただ一人のソプラノ担当の学ランを着る後輩で、彼らの仲裁をこまめにしていた中川もただ一人の副部長だったのだ。そして一緒に映画をみていた彼も、ただ一人の「映画をみる部」正規部員だったわけで。

 映画『カラオケ行こ!』は、岡が「ただ一人」となる経験を通して、他者を「ただ一人」として見るようになる物語のように感じられた。ここから岡の人生は始まっていく。そのような希望を映画からは感じられた。

 以下、ラフな感想と原作の話。

  • チャンス大城が歌うたってて面白かった。ウィーン少年合唱団のネタを見てたので低い声?で歌ってるのを見るのは新鮮だった。
  • ヒコロヒー、ああいう母親が似合う。
  • 綾野剛のカラオケ面白かった!あのいっぱいしゃべるみたいなやつ(岡がリストアップした曲のうちの一つ)は何だろう?めっちゃ合っててよかったし曲も好きだからあとで曲名調べたい。
  • 岡の紅めっちゃよかったね~
  • 自分が男声パートを歌えないことがすごく悔しくて合唱自体は好きだったけど合唱部には入れなかった人間なので、そういう意味でどこかでつながる挫折をしていたのでしんみり来るものがあった
  • 卒業シーンでめっちゃ泣きそうになった
  • 最後の紅合唱好きすぎる。私は合唱曲を聞くのが好きです。
  • 原作の岡の妙に周りと自分に不満がある感じがどうにもよくわからなかったので、映画の解釈はなるほどーとなった。
  • ただ、映画の終わりは少し希望があるけど、『ファミレス行こ。』の岡はかなり鬱屈としていてすごく心配になる。今後どうなるんだろう……。
  • 原作の岡の成田以外への思い入れがあんまないところが危うくて不安になる。これは私が1対1のロマンスがそんなに得意じゃないという好みから来てるものだと思うけど。
  • 原作からかなりアレンジが入っているし、実写化ものとしての忠実な再現みたいな映画ではないので、原作既読でも未読でも楽しめると思います。

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