誰も求めていなかった姿で帰ってきたあなたへ|TOA感想

私、ずっと思っていましたの

アッシュがキムラスカに戻ってきて、ルークと二人でお父様を支えてくださればいいのにと

でも私は間違っていたのですね。あなたとアッシュにはそれぞれの生きる道があった

それを私が、無効となった約束で縛り付けていたのですわ

今あなたの中にはアッシュがいる。以前の私なら、あなたとアッシュを混同していたかもしれません

でも、あなたはあなたですものね

ですから、あなたはあなたの思うままに生きてください

 

ゲーム「テイルズオブジアビス」より ナタリアのセリフ

初めに

本記事は、ゲーム「テイルズオブジアビス」のエンディングを中心とした内容に触れた感想記事である。書かれた内容は筆者のプレイ体験・視聴体験の記述であり、他者のそれを肯定・否定するものではありません。

筆者プレイ歴など

2011年に3DSリマスター版を購入後、かなり緩やかにプレイをして2019年に1週目クリア。2週目プレイ中。2022年12月実況者の動画をエンディングまで視聴。触れたことのあるテイルズシリーズは「テイルズオブジアビス」「テイルズオブバーサス」そしてアニメ版「テイルズオブシンフォニア」のみ。「テイルズオブジアビス」に関するコンテンツの知識はゲーム本編のみである。

表記

本記事では、キャラクター名を以下のように表記する。

  • オリジナルルーク:アッシュ
  • レプリカルーク:ルーク
  • ED後ムービーで現れた赤髪の青年:”ルーク”

感想

生まれてきてしまったことを認めるRPG

ジアビスの公称ジャンル名は「生まれた意味を知るRPG」である(テイルズチャンネル+より)。

レプリカとして生まれたルークは、自身の生まれた意味を探そうとする。しかし、旅を通してわかるのは、「自分は誰にも求められていない」ということばかりだ。だが、これには語弊がある。少なくとも、旅をしているときには、ルークに慕わしい気持ちを抱いている仲間たちがいる。しかし、それはルークの「生きる意味」にはなるかもしれないが、「生まれた意味」ではない。ルークの誕生に直接的に関与している人間は仲間たちの中にはいないし、直接的に関与している人間はルークを利用しようとしている。社会制度も整っておらず、レプリカの社会的地位は曖昧だ。ルークは記憶喪失状態のアッシュとしてたまたま育てられていたから、その流れで侯爵家に住まいを持っている。しかしそれは、もとをただしていけばいくほど、仮のものでしかないのである。

そんな旅を通して、ルークが、私が知るのは、「生まれたことに意味なんかない」ということ、そして、「結果として今生きてしまっているのだから、死ぬまでは生きていくしかない」ということだ。

ジアビスの一貫した姿勢として、「起きてしまったことは受け入れていくしかない」というものがある。生きるために人を殺してしまったこと、アグゼリュスを崩落させてしまったこと、ある人間の立場を奪ってしまったこと、自国の繁栄のために島を見放したこと……このような大事件を起こしてしまったこと、起こさせてしまったことを、登場人物たちは物語を通して何とか受け入れ、先に進んでいく。そして物語の終盤で、旅の終わりで、ルークは「生まれてきてしまったこと」を認めるのだ。

ED後ムービーの赤髪の青年

ラストのムービーの最後、仲間たちの前に赤髪の青年が現れる。ティアは彼を一度、「ルーク」と呼ぶ。“ルーク”は、アッシュに似た声色と口調で、ルークの記憶をもって話し出す。筆者は、この“ルーク”を、アッシュの体に、ルークの記憶が入った状態の人間だと解釈する。

“ルーク”は、ルークでもアッシュでもない。だが、全く新しい人間でもない。彼は、ナタリアと昔話をすることも、ティアとタタル渓谷での思い出を話すこともできるだろう。しかし、その場面場面でアッシュやルークに切り替わるわけではない。“ルーク”は“ルーク”として話すことしかできないのだ。

この状態を、少なくとも私は求めていなかった。アッシュだけ戻ってくるか、ルークだけ戻ってくるか、一番いいのは、ルークとアッシュが別々の人間として戻ってくることを、そしてそれぞれがそれぞれの道を歩んでいくことを求めていた。

彼のこのような姿を、求めていた人はそういないのではないだろうか。しかし私は、ここに、テイルズオブジアビスの根幹があるような気がしているのである。

物語に突きつけられた問い

“ルーク”は、ほとんどだれもが求めていない姿で帰ってきた。ナタリアやガイだけでなく、今度はティアたちも、相手の面影に誰かを重ねてしまう現象と向き合うことになるだろう。記憶を持っている分、全く別の人間として「初めまして」をするわけにもいかない。彼らは0ではないが1でもない状態から、“ルーク”と関係を作っていかなければならないのである。

そう、むしろ、課題を与えられているのは“ルーク”ではなく、彼を目の前にした登場人物、そして、私のほうなのだ。ルークに、「生きていていいんだよ」「生きていてほしいよ」といった私は、あの時簡単に言えていた、「生まれてくるのに意味なんかないんだから、どんな形でだって君のことが好きだよ」という思いを、もう一度持てるのかどうかを問われている。レプリカだったとしても、これまでに築き上げてきた関係があるじゃないか、と、もっともらしくガイやティアに同調していた私に、もう一度、「本当に?」と問いかけているのである。

これまで築き上げてきた関係の記憶はある、記憶だけがある、そんな状態の“ルーク”と、あなたはどう関わりますか?

テイルズオブジアビスは、そのような問いかけを私に突き付けてきた。

誰も求めていなかった姿で帰ってきたあなたへ

生まれてきたことに意味なんかない。生まれてきてしまったことを認めて、自分の意志で進むしかない。大切なのは自分がどうしたいかで、それを死んでしまうまでは続けていくしかないのである。

旅を終えた記憶を持つ“ルーク”はそれをきちんとわかっている。ラストムービーの彼は非常に安定した状態で、みんなと向き合っている。彼はもう答えを見つけている。そんな“ルーク”を私が受け入れることで、ルークの見つけた答えは証明され、物語は、旅は、終わるのである。

誰も求めていなかった姿で帰ってきたあなたへ

会えてよかった。とっても嬉しい。

あなたが、あなたの思うままに生きられることを、願っています。

これから、よろしくね。

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好きなキャラの話をしていいか?

ツイッターのタグで好きな男性を言うというものがあり、気軽にやろうと思ったらどんどん 気持ちの悪いツイートになっていったのでここで話すことにする。

好きなキャラクターを上げていくと、以下のようになる。

  • ジェイド・カーティス【テイルズオブジアビス】
  • 黄山紅牡丹(ファンシャン・ホンムータン)【紅茶王子】
  • 山本【オッドタクシー】
  • トレイ・クローバー【ツイステ】

往々にして自身が使うべき口調を心得ていて、わざとそれを使っているようなキャラクターが好きだ。 ジェイドも紅牡丹は昔馴染みや部下以外にはすべて敬語であるし、山本もよく敬語を使う。 トレイクローバーは敬語キャラではないが、「人当たりのいい口調」をわざと使っているような堅苦しさを感じていて好きだ。

全員「キャラ付け」という膜を一枚被っており、自身の感情の発露を避けている。 周りに「本当は何を考えているのか分からない」と思われてそうでいい。 本人は「本当は何を考えているのかなんてどうでもいいだろう」と考えているともっといいと思う。

素直に自身の感情を発露する人間は人懐っこかったり、人との交流に積極的であるから社交的であるとされることが多い。 一方、本心を明かさない人間は「本当に仲良くなる」ことができず、社交的、とはまた別のところに置かれる。 多くの物語で、本心を語らないという習性は改善すべきものとされ、物語終盤で感情を発露する流れになることは多い。

私は上記のようなキャラクターが感情を発露することでしか得られない栄養も大好きなので、 このような展開を唾棄すべきものだとは思っていない。そのうえでもなお、本心を語らない人間が 本心を語らないことで得られる栄養について話したいと思う。

感情発露に話を持って行くためによく使われるのは、「自分が傷つくのが怖いから本心を話さないのだ」 という論法である。それももちろんあるが、本心を話すことで傷つける人間がおり、 それによって相手が自分に対する態度を変える可能性の方が高い。態度を変えられた結果で懸念されるのは 「傷つく」ことではなく、「自身の快適な社会生活が阻害される」ということが多分にあるように感じる。 そこまで含めて考えて、自身の優先順位が「本心を伝えること」よりも「快適な社会生活を持続させること」 が高いから本心を伝えないという選択肢をとりそう、ということを、上記のキャラクターの内では特に ジェイド・カーティスやトレイ・クローバーに感じている。

本心を伝えないことはしばしば、周りに自身を都合よく解釈され、搾取されることと表裏一体である。 そのような場合は優先順位が入れ替わる。というよりも、本心を伝えないことで社会生活が阻害されているため、 本心を伝えること社会生活を快適にすることが繋がり、感情の発露という展開へつながる。

ジェイドとトレイの好きなところは、この優先順位を意地でも保とうと尽力しているところである。 少なくとも私にはそう見える。自身は腹黒い人間であると、相手を傷つけ、利用する人間であると最初に表明する。 ジェイドは言葉の端々に皮肉をにじませ、トレイは素直な後輩たちを利用しめんどくさい作業を押し付ける。 しかし基本的に人当たりはよく、冗談を言うことで「癖のある人間だが、関わりたくないほどではない」と認知させる。 その用意周到さがとても好きだ。自身の立ち位置を理解し、その場で自分にとっての都合のよさと現状の問題解決と の最大公約数をとって発言する。それは時折、「素直に感情を発露する」ということよりも、社交的、 すなわち社会で生きることに自覚的なのではないかと思う。

山本と紅牡丹は、基本的には優先順位を崩さずいたいが、ふとしたことで容易に搾取され得るような危うさがある。 このことを考えると、優先順位を崩さないでいられること、というよりも、そのような優先順位を持っているように 見える人間が好きなのかもしれない。素直なれる/なれないではなく、感情に素直になるのか、快適さに素直になる のかという側面で、両方を意識したうえで後者を選ぶ、選びたいと思っている人間というか。

口調はそういったものの姿勢を示す重要な要素であると思う。常体を選ぶのか、敬体を選ぶのか。 「~だろ」のような粗雑な物言いをするのか。「~じゃない?」のような軟らかい言い方をするのか。 常体部門では後者が好きだ。こちらも一枚膜を張っているような感じがある。free!の渚くんや 凪のあすからの伊佐木要くん、ツイステのケイトくんなどがそうだ。強く見せる方面の膜よりも、 弱く見せて油断させておこう、みたいな膜が好きかもしれない。そのような、人間関係の有利不利の バランスに目を配っているような振る舞いに、何とも言えない魅力を感じる。

最近は、トレイ・クローバーが腹が立つ瞬間のことを考えている。 例えば、「マジでフツーの男だな」とレオナ先輩に言われた瞬間とか。

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