隔たりの向こう側へ足をのばして―ka(2022)「君(たち)になる」のともした希望―

ka(2022)「君(たち)になる」を読んだ。

白い髪・白い衣服で羽の生えている「クピド」が、黒い髪・黒い衣服で角の生えている「ダモン」の生きている世界である地獄へ遊びに行ったり、逆にクピドの生きている世界に招いたりした日のことが描かれている。

違うこと 同じこと

この物語は、違う、ということと、同じ、ということ、それらが、わかる、ということについての物語だ、と私は感じた。

天使の世界は「同じ」であることが前提である。あたたかく、溶け合う世界。
悪魔の世界は「違う」ということが前提である。つめたく、溶けずに粒が残って踊る世界。

違う、ということが前提の世界にいるダモンは、クピドと自分が違う、ということがわかっている。
だからこそ、クピドの言葉を「不思議だ」と思い受け取ることができる。

クピドが、そんな地獄と、ダモンと話すのと同じ心持ちでネレイドについて語ると、友達の反応がどうもぎこちない。
クピドの友達は「同じ」が前提であるから、なぜ自分と違うことを言うのかがわからないのだ。

この漫画では一貫して、隔たりを感じた瞬間に、その当人の表情がすぅっと美しくなるように感じる。

クピドの発言に違和感を持った友達の表情も、それにこたえるクピドの表情も、少し整う。隔たりは、相手へ未知を感じることになり、それは少し恐ろしいことでもあるけど、そんなときの相手は、そんな時だからかもしれないが——少し美しい。
草原でクピドがダモンに語り掛ける姿も、美しい。「自分たちは分かり合えっこない」「同じになれっこない」と悟った者の表情である。

それを、ダモンが崩す。他者から人為的に笑顔になるように表情筋を動かされれば、それは少し不格好になる。

私たちは分かり合えはしない。同じになりきることはできない。しかし、「私たちは同じではない」と知ること、それを伝え合うことで、私たちの境界は少し、ほんの少し溶け合うことができる。少し交わった私たちは不格好である。しかし、その不格好さは隔たりの美しさを超えた先にあるものなのである。

ラストシーン、クピドがひときわ美しい表情になるのは、ネレイドが友達によって解剖されてしまったことを知るときである。
クピドはネレイドをただ観察したかっただけで、腹を開きたいわけではなかったのかもしれない。それに、友達も同様にかわいがっていたはずだ、どうして、このようなことをするのか。クピドは、友達との隔たりを感じ、その美しい目を見開く。

クピドが問うと、友達は、クピドのことがわかりたかったのだ、と答える。ここで、友達はクピドが自分と「違う」ということを知ったのだということがわかる。そして、クピドも知ることになる。自分と友達は「違う」のだということを。

クピドは不格好な笑顔を浮かべる。自分たちは「違う」のだとわかったから、すこし、その隔たりを超えて、不格好な姿を見せることができるのだ。

なんでか嬉しかったけど
なんでなのかは わからなかった

クピドは、ダモンと自分が「違う」ことがわかったこと、そして、それをダモンもわかっていることが嬉しかったのではないだろうか。
だからラスト、友達と自分が「違う」と分かり合えたとき、温かい笑顔を浮かべたのではないだろうか。

違うことを知ることで、同じになれる

自分たちは違う個体なのだ、ということを、私はしばしば忘れてしまう。異なる意見を言われた時、非常に驚き、動揺し、心を閉ざしてしまうことがある。隔たりを感じる。こんなことがなければいいのに、と思う。しかし、その隔たりを理解したからこそ、私たちはその隔たりを超え、境界を少し溶け合わせ、「あなた(たち)になる」「私(たち)になる」ことができるのである。この物語は、別離も同化も、地獄も天国も、天使と悪魔も、どれをも称揚しない。それぞれが「違う」からだ。そして、読んだ私たちは、それぞれが自分と「違う」ことを知り、少しだけ、それぞれに「なる」ことができる。私たちがあなた(たち)になれるのは、私とあなたたちが、違う、から、に他ならないのだ、ということを知る。

分かり合う、とはなんだろうか。価値観のすり合わせ、とは、なんだろうか。それはお互いの主張を知り、根拠を知り、歩み寄ることだけだろうか。
違うことをしり、同化できないことを知り、それでも、お互いの足で立って、立っているお互いを見つめることが、できるのかもしれない。

隔たりの先の相手は美しく、恐ろしい。しかし、その先の不格好な姿を、愛することができるのかもしれない。

愛はただ、
愛するものを養いまもる

私たちの中に、お互いへの愛があれば、隔たりの向こう側の相手に、少し、触れられるのかもしれない。そんな希望が、この漫画にはともされている。

次ページ、考えの整理のためのあらすじ書き出し。

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