泥濘の中でもこの文と出会えば

本記事は「私の一冊 Advent Calendar 2024」寄稿記事です(遅れてすみません)。

これを読むのが面白い限り、まだ自分はやっていける。私にとって『副用語の研究』(渡辺実編)はそういった立ち位置の本である。

これは日本語の「副用語」というものに関する論文集で、もっと言うとこの本に収録されている論文の中の、川端善明「副詞の条件」という論文が私にとっての最後の砦である。

「副用語」というのは、ものすごくざっくり、用言(動詞、形容詞、形容動詞)があとに続く語である。「ゆっくり走る」の「ゆっくり」とかは、副用語である。「走る」という動詞(用言)が後に続くから、「用言に副える(そえる)語」として、「副用語」と呼ばれている。現在は「連用修飾語」とか、「副詞」とか、「副詞的修飾成分」とか言われているものだ。

突然なんだ?とお思いかもしれない。「副用語」の意味は分かったとして、それについての論文ってどういうことなのか、考えてどうするのか。

「言語学」というものはわりかし人文系の研究分野の中ではメジャーな分野だと思う。「言語」というものの仕組み自体を研究するものだ、というイメージがなんとなくされるんじゃないだろうか。

じゃあこれは「言語学の本」なのか、と問われると、なかなか難しい。細かい話なのでバッサリ省くが、日本という国の中で、外国で発展した「言語学」とはまた別のところで自国の日本語の仕組みを解明しようとした人たちの、その延長線上で「言語学」ともふれあった、そのまた延長線上、というのが、この本である。

簡単に言えば、「日本語の仕組みを解明する研究」だ。その中でも、現在は「副詞」などの呼び方が付く語の仕組みについての論文集が、この本である。

川端善明「副詞の条件」は、そのまま、「副詞が副詞たる条件」について述べた論文である。冒頭を見てみよう。

文の成分関係を私は、二つの部分をもって一つなる全体を持つ、その持ち方自体を解する(したがってそれは、現象としての文実現とは一往(傍点)、直接の関連を持たぬ)。

川端善明(1983)「副詞の条件」

どうだろうか。私は最初これを読んで、「さっぱりわからない」と思った。何を言っているんだ。これは日本語として成立しているのか。非文(文法的に成立していない文)ではないのか、と。

しかしそれでも、何とか読みたいと思ったし、読まなければならないと思った。先行研究の参考文献リストには載っていなかったが、私は強くこの論文に惹かれた。「副詞の条件」なんてシンプルかつ強気なタイトルと、この意味がわからなすぎる冒頭。繰り返し読ませる気満々で、一読で理解をしようとしている読み手がいればここで必ず切り捨てるという姿勢を感じた。

これに食らいつかなくてはならない。食らいついていきたい。

研究分野内でのこの論文の評価は、私の知る限りものすごく高いというわけではなかった(そもそも、当該研究分野内で評価が一様で集中している論文というのはあまり多くはないというのもあるが)。読まないということはあり得ないけれど、後発の研究での引用も多くない。そんな感じだ。

一読してわからない論文というのも別に少なくない。私は同年代の中でも特に先行研究調査が苦手であまり論文を読めていないので、意味が分からないということは珍しくなかった。

しかしこの論文には、繰り返し読むことで必ず何を言っているのかわかるという強度があった。そしてその先の結論に、確かに「川端善明の答え」としては納得できるというものがあった。

初めて買った万年筆で、わからないところの文章を書き写した。ほとんど冒頭のようなノリなので、ほぼすべての文章は書きうつされることになった。主語と述語をまず見つけ、ひとまず文として何を言っているのかを整理した。その後論理関係を図を何度も書いて確認し、やっと一節分の主張を理解する。その繰り返し。

11月までの原稿生活が祟って、現在、ほとんど学問ができていない。自分にとって大切なこの論文が何を言っているのかということも、またわからなくなり始めている。

いや、そもそも、論文の内容が、学問の内容が、「わかる」ということはほとんどないのだ。わかったかもしれない、という喜びと、やっぱりわからないということを繰り返して、どうにかより良い仮説を作り続けていく。

副詞の条件とは何なのか。川端善明は何を言っているのか。そしてその先、副詞の条件というものは、どうやって定義づけられていくべきなのか。

一日に15時間寝ているような暮らしの先でも、本を開けばこの至極難解な一文が私を出迎えてくれる。そしてまだ、まだ私は、この文に対してワクワクすることができる。

多分まだ大丈夫。この論文とよりそえる限りは。

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