現実を生きる覚悟を決めること—映画「君たちはどう生きるか」感想—

「君たちはどう生きるか」を観てきた。

病院の火事により母親を失った少年眞人が戦禍を避けるため東京を離れ、母親の実家のような田舎の広々とした家で暮らし始めるところから話が始まる。

駅を降りたら母親とそっくりな女性が迎えに来る。何かと思えばそれは母親の妹で、しかも眞人の新しい母親になるのだという(義母=叔母のお腹にはすでに子供がいる)。新しい学校にはなじめず初日から喧嘩をするなど、眞人の前には受け入れがたい現実が広がっている。

そんな少年がひょんなことから異世界へ行き帰ってくる過程で現実を受容するという、言ってしまえば「よくある夏映画」だと感じた。その中で好きだったところの感想を述べていく。

この映画はきちんと「夏映画」で、現実を受容するという目標がかなり達成されているように感じた。私が言う「夏映画」とは、おおよそ夏に公開され、普段自分が住んでいるところと違う世界へ行き、そこで現実に帰りたいという思いが芽生え、現実を受容する体験をするというものである。「親の帰省映画」もこれに含まれる。なにも全くの異世界じゃなくとも、子供にとって都会⇔田舎の行き来はかなりの異世界だからだ。

さて、そんな「異世界」において、多くの作品では現実に結びつかない人間と手を取り合って冒険したり、困難を乗り越えたりすることが多いだろう。サマーウォーズでは主人公を応援するのは住み込み先の大家族だし、千と千尋では湯屋の人々と協力することになる。しかし今回では、主人公眞人と手を取り合う仲間の中に、若い姿のキリコ(お手伝いのおばあさん)や、死んでしまった母親が含まれている。かなり現実に近いところでの夢想の異世界となっているのだ。

印象的だったのはキリコの部屋の机の下で眞人が寝ているシーンで、寝ている眞人の周りにキリコ以外のお手伝いのおばあさんを模した人形が配置されている。キリコはそれを「あんたを守っているんだよ」と述べる。冒頭のシーンで眞人の父親の荷物をあさるおばあさんたちはかなりいやらしく描かれていたがしかし、年少者の眞人を守ろうという意思はあることは、頭をけがした眞人をかいがいしく世話する姿からも描写されている。現実では、眞人はほとんどおばあさんたちを受容する様子がなかったが、ここで一段、眞人は受容の段階を踏むのである。

眞人が異世界に入り込んだ理由は、義母であるなつこさんを探し出すためだ。しかしそれは表向きの事情であることはアオサギのセリフからも描写されている。眞人は現実から逃げ出したい思いがあった。だがおそらく、彼は他者の傷つく姿をみたいわけではなかったのだろう。なつこは父親の想い人であるから、なつこと一緒に帰らないといけない、少なくとも、なつこだけでも返さなくてはならないという思いがあった。その点が産屋のシーンへとつながると私は考えている。産屋に入った眞人は、なつこに声を掛ける。ここで眞人は初めてなつこからの拒絶を受ける。これを契機として、眞人はなつこを「お母さん」と呼び始める。眞人は拒絶されたことで何を得たのか、それは、自身がなつこを傷つけていたという事実であり、対等な人間として扱われた瞬間であったり、眞人をどうしても無事に現実へ返したいというなつこの思いだったりしたのだろう。

私がこの映画を観て一番感心したのは、クライマックスシーンの積み木を積むか積まないか、帰るか帰らないかという問答で、「あの悪意まみれの世界に戻るのか」と問われた眞人が「友達を作ります」と明言したことである。

「友達を作ります」という宣言は、私の観てきた映画の中ではほぼなかったものである。しかしこれこそ、異世界から帰る子供に必要な覚悟ではないだろうか。

異世界は何のためにあるのか、夢想は何のためにあるのか、物語は何のためにあるのか。それらはすべて、現実を生きるためにあると私は思っている。異世界では友達がいるから現実で孤独でもいいのではない。異世界で友達を作れたのだから、現実でも人と意思の疎通ができるようになっているはずなのだ。異世界から帰るために眞人が下した決断が、「友達を作ること」であるのならば、いや、だからこそ、眞人は異世界に行ったかいがあり、正しく帰ってこられるのではないだろうか。

物語の祈りを借りて、私たちは現実を生きていく。彼らが向かう異世界は、現実ではありえないことが起こる。非常に物分かりのいい年長者や、美しい世界、恐ろしいがどこかとぼけている敵。現実とは違うこういう状況の中で、彼らは自身の姿を確認する。なつこを傷つけていたこと、おばあさんたちが自分を守ってくれていること、自分のことを知ってもらえないまま、母親が死んでしまったのが悲しかったこと。

そこから帰ってくるために、彼らに必要なのは異世界での思い出ではない。現実を生きるという覚悟なのである。

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